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人生は無意味だ!その言葉の真理から学ぶ心を整える法則

我々人間はなぜ生きているのでしょうか?
生きている意味などあるのか?

と心の中で考えたことはあるでしょうか。

僕はいろんな方のコーチングをする中で、「自分は生きている意味があるんだろうか?」と一人で悶々と考えている人も結構いました。

中には、どう考えても価値がない。死のうか・・

とまで考える人までもいたりします。

で、大体の人に対してこんな問いをしても
「生きてる意味なんて考えても仕方ないじゃん。」
と言われる可能性のほうが大きいのも確か。

なので誰にも言えない人もいるかもしれません。

しかし、僕ら人間は何事にも意味をつけたがります。

誰かに何かを言われたら・・
「この人は執着心が強いからこんなことを言うんだ。」

浮気をしたら・・
「だらしないから浮気をするんだ。」

みたいに…相手の心も思いも考えも願いもわかりもしないのに、何らかの意味をつけるのは人間特有の現象です。

「なぜ、私はこのような顔で生まれたんだろう・・・」
「なぜ、自分はこんな貧乏な家で生まれたんだろう・・・」
「なぜ、自分はかめはめ波が打てないんだろう・・・」

なんてことを考えても答えなんてありませんよね。

人生に意味があるのかどうか?

も一緒なのです。

だから・・・生きている意味なんてないし考えても無意味なんです!!

ということが言いたいわけではありません。

そうではなく、この生きている意味を考える人間の特性を理解することによって心穏やかに生きる事ができ、意味を考えるその特性を活かして、あなたの望みを現実化したり問題を解決したりする秘訣があるのです。

人生の意味。
生きる意味。

を通じてあなたの人生をより豊かにいきるキッカケになれば幸いです。

1.人生に意味などないのか?あるのか?

人生の意味は国や宗教などによって色んな事が言われていますが、その中で人生の意味を説いている場も結構ありますよね。

「人は進化をするために生きている。」
「カルマを解消するために生きている。」
「天国と地獄があるから善い行いをしよう。」

などなど。

人生に意味や意義を与えてくれる場所もあるし

その中でも最もテーマとして扱われるのは「我々は死んだらどうなるのか?」「生まれ変わりはあるのか?」とかですね。

・死んだら天国と地獄があってそこにいくんだ。
・前世のカルマを背負って生まれ変わります

などなど色んな事が言われていたり、こいいったものではなくても日常から生きてる意味は絶対にあるんだ!説を唱えるも意味などないという人とかもいます。

しかし、ただこれだけは言えるのは
こういう意味を考えるのが人間である。

ということです。

あるかないか?どういう意味があるのか?

「なぜ?」

を問うことこそが人間であるということなんですね。

意味をつけようとするのが人間なわけです。

なぜ、人間に進化をしたのか?
なぜ、この動物には擬態の機能があるのか?

他にも日常的な事ならば・・・

なぜ、こんな出来事が自分におこるのか?
なぜ、この人はこんなことをするのか?
なぜ、世界はこんな風になっているんだ?

というように、僕らは「意味付け」をやめることはないしやめられないものです。

つまり、これだけは言えるのは“意味をつけているのは自分だ!”ということです。

それは自分の体験や経験、親やメディアから刷り込まれた情報も含めてあなたの意味付けが行われているわけで、人生や生きている事に意味があるかないかなんてことでさえも意味をつけようとしているだけでしかないのです。

つまり・・意味があるのかないのかなんていうのさえもない。

意味なんて考えても出てこないし出てきてもそれは本人にとっての意味でしかないのです。

全世界共通の人間の生きている意味などないのです。

こういうことを言うと

「じゃあ生きてる事に、人生に意味はないんですね。」

となるかもしれません。

確かにそれはそうです。

でも、僕が伝えたいことはそんなことではなくもっと別のことなのです。

ここであなたに本当に伝えたいことは

2.他の出来事には既に意味をつけている。

ということです。

生きている意味や人生の意味というのは、あまりに壮大すぎてそう簡単に意味など見つけられるわけではありません。

誰かに「これこそが人生の意味だ!」

なんて言われてもある人には響いても別の人には響きはしませんしね。

ただ、これだけは言えるのは生きている意味がないといったとしても、他の事には何らかの意味を付けてしまう生き物であるということです。

「バカ!アホ!マヌケ!」

と言われたら

侮辱・悪口・嫌な人

みたいな意味付けをしてしまいますよね。

まぁ、中には「この人ちょーおもろい!」とか「確かにその角度で見ればバカだよな」と笑ってしまう人とかもいますけど(笑)

しかし、どんな意味であろうとも意味をつけているわけです。

人生に意味はつけない。

でも、他の事には意味をつけるているわけです。

意味なんてないんだ!と言い聞かせてもこの意味付けは無意識的に反応をしてしまうものなので、凹んだり落ち込んだり怒りを感じてしまうのです。

ん?何が言いたいんだ?

と思うかもしれませんが、ここであなたに伝えたいのは、生きている意味付けをしたりしても意味がないと考えたりする。

もちろん意味なんてわかりはしないしなくていいいですけど。

しかし、日常からは自然と意味付けをしているわけです。

その意味付けから一喜一憂し心の状態を左右してしまっているんですね。

じゃあですよ・・・人生や生きている意味を付けるのはいいのですが、そこで意味があるかないかというので、考えに考え抜いて「ある」「ない」で落ち込むのならばしなくてもいいことでもあるのです。

意味なんて僕ら人間がつけるもの。
人それぞれつけるもの。
その意味によって心を揺さぶられるもの。

この人はロクでもない!
罵倒や侮辱をされた!
バカにされている!

などなどの「人生と一緒で意味のないもの」に意味をつけてしまうのが僕ら人間なのです。

「えぇぇぇー!でも!!」
「いやいや、こんな嫌な思いしてるのにひどい!」

と思うかもしれませんが、確かにそういう意味をつけることもできないこともありませんが、大事なのはそこで心の状態がよくない方向に進んでしまい、自分自身の思考や身体の機能が落ちてしまうところなんです。

すると・・・問題も解決も目標達成も難しくなってしまいます。

そういう時に
「僕ら人間は意味をつけるものだ。」
ということを理解しておくこと。

意味付けをしたときに気づいたときに、意味をつけているけど意味なんてないんだ。

ということを唱えるだけでも随分心が軽くなる傾向があるのです。

もちろん!だからといって嫌な事があったからといって意味なんてないから
「どうでもいいんだ」「なんでもいいんだ!」「されるがままにされればいい」
となれという意味ではありません。

そうではなく、「意味をつけているのは自分」「意味なんてないんだ」と唱え心の状態を自分で取り戻した状態でその出来事に取り組むようにするのです。

これができて初めて本当の意味付けを変えることができやすくもなる。
現実を自分で以前よりもいい方向に進めやすくなる。
心の状態が過剰に落ちなくてもよくなる。
目の前の現実を以前よりも見えやすくなる。
見え方や感じ方を変えることができるようになる。

のです。

そして初めて・・・

3.あなただけの人生の意味・生きる意味の創造

ができるようになるのです。

もちろん、中には生きる意味がない・人生に意味がない・自分に価値がないと落ち込み凹み死にたいと思って自殺をしようとしたけど、その後の何らかのキッカケで「自分はこのために生まれてきたんだ!」という運命的な出会いをすることもあるかもしれません。

じかし、基本的には

・自分の心の状態をある程度整えられ
・自分の望みを叶え
・問題や課題を解決して
・その中で失敗などもあって

ありとあらゆる体験を繰り返す中で

・嫌な意味付けが逆転した経験
・よい意味付けが習慣化した経験
・「なぜ?」を突き詰めた経験
・「生きてる意味あるのかな?」と疑問に思った経験

などによって、生きている意味を自分で進化をすることができるようになっていくんです。

人生の意味
生きる意味

その意味は創造し進化をするものなのです。

ただ、そのためにはまずは「自分で意味付けをしている」ということを理解し、自分のしている意味付けが変わる体験をするのが最もベターな流れです。

生きている意味なんてありません。

意味をつけるのは僕ら人間なんです。

だからどうせ人生を生きるのならば、自分なりの生きる意味の創造ができるようになっていくところまでいければ・・・もっともっと人生を本当の意味で楽しむことができるようになるかもしれません。

人生の意味の創造=生きがいの創造

生きる意味は僕ら人間が作っているからないのではなく「意味のないものに意味をつけるのが人間」ですが、僕ら人間は意味があろうがなかろうが、生まれて必ず死にます。

しかし、その人生を

生きがいを感じてイキイキ生きるのか?
生きがいも感じず作業的に生きるのか?

ならばきっと生きがいを感じて生きたほうがいいと思います。

だからこそ、それまでに生きがいはみつからなくてもイキイキと生きられる日々を送って色んな体験をしてみてください。そのうち自分で人生の意味の創造というのが感覚的に見えてくる時がきっとくるはずです。

つまり、僕ら人間は生きている事や人生にも意味をつけようとするのと同じように、既にほかのことには山ほど意味をつけてしまっているということです。