結果も能力も必要なし!自己承認欲求を誰でも簡単に満たす3つの方法

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よく、クライアントさんと話していると「私は承認欲求が強いんです。」みたいな事を言われますが、承認欲求というのは僕ら人間が持っている欲求の1つで、社会や誰かに自分の存在を認めて欲しい。

という欲求です。

ご飯を食べたい!寝たい!という欲求と同じように。
誰かに認められたい!という欲求を持っているわけです。

あなたもありませんか?

褒められたら嬉しい。
褒めて欲しい。
もっと認めて欲しい。

と。

しかし、意外なほどこの承認欲求を満たされたいけど満たされない方が多いように感じます。でも、いくらなにを頑張りアピールをしても結局満たされるわけもなく、一瞬「すごい!」「頑張ったねぇ!」と言われてもまた認められたくなる。

そんなやっかいな自己承認欲求をここでは非常に簡単に満たす方法をご紹介していきましょう。アピールとか頑張りとかそんなものはいりません。

1.私は自己承認欲求が強いんです。

自己承認欲求,強い

最近クライアントさんと話していても、飲み会などで他社のスタッフなどと話していても社長さんと話していても「私は自己承認欲求が強いんで」みたいな事を言われるのですが、僕はこの承認欲求をもっているのが意味がわかりませんでした。

いや、承認欲求自体は昔はもっていたのでわからなくもないんです。

ただ、この承認欲求というものが一体その人はどうしたら満たされるのだろうか?

が疑問で仕方なかったのです。

「褒めて欲しい!」
「頑張りを認めて欲しい!」
「すごいと言われたい。」

などなど聞けばこういった言葉かけが欲しいと言いますが、でも、常にこの言葉が返ってくる事なんてありえないわけで・・・そんなものを求めても仕方ないんじゃないか。

もっと言えば、上のようなセリフを言われてなにが嬉しいんだ?

とさえ個人的には思っていたりします。

こういうので簡単に喜んでしまっていたら、すぐに騙されちゃうだろうし・・とも。

「あの人、褒めとけば何でもやってくれるから!」
「あの人、すごいと言っておけばお金奢ってくれるから!」

ってなりかねません(笑)

まぁ、そんな事はいいですが少なからずこの承認欲求というのは求めても求めても終わることなき道でもあるのかもしれません。

しかし、確かに。

誰にも認められないと自分の存在価値がないような気がしてくる。

のも事実ですよね。

実際、自分自身が社会や誰かに必要とされてもいない事をやっても仕方ないといえば仕方ないかもしれないので、指標として承認されているのかは大事なところではありますけどね。

ただ、個人的にわざわざ求めなくてもいいんじゃないか!?

と思っていたりします。

なぜなら、僕は「人は認められて当然の存在である。」と思っているからです。

ということは、僕自身は認められて当然の人間だと思っているという事になりますが、正直言って半分以上は僕はそう思っているのも確かです。

2.なぜ、何もなくとも自分は認められて当然だと思うのか?

認められて当然

こういう事を言うと、

「お前、なにを偉そうに言ってるんだよ!」「何様だ!」

というツッコミをしたくなるかもしれませんが、決して僕は自分が他の誰かよりも優れているとか凄いと思ってるわけでも、自分に絶対の自信をもっているわけでもありません。

誰かより自分が優れている。

とも思ってもいません。

でも、自分は認められて当然だなとも思っているのです。

それはなぜか?

それは単純に僕は自分が認められたいと思っている以上に誰かを認めるということを習慣化しているからです。

最初は部下を育成するために才能や能力を引き出すためにやっていたのですが、気づいたら結果的に認められる自分になっていたんです。

認めることで認められる。
認めた分だけ認めてくれる。

ということをマジマジと実感した瞬間でした。

そして、認めるのもどんどん上手になって普通に日常から関わる人たちを認めることで認められることが当たり前になっていったのです。

決して僕自身が認められて当然の人間だ!凄いから!という意味ではなく、認めれば認めるほど認められるという至極普通のことなのです。

しかし・・・なぜかこれをほとんどの人がしていませんしできません。

たぶん、それは誰かより自分が優れている事、頑張っている事が認められる道だと思いこんでしまっているからなのかなと思います。

そうではなく・・・

3.他人の自分にない素晴らしいところを認める。

他人,素晴らしいところ,認める。

よく、認められようとか褒められたいと思っている人達は、仕事ならばその仕事そのもので評価をされようとしたり上司や先輩など自分よりできる人達の「できる部分」で認められようとしがちです。

仕事で上司に認められよう。

とするから上司が求めている結果。

上司のやり方をやってみる。

のですが、その人に認められるのはそう簡単なことではありません。

追い越してしまえば逆に今度は認められないし追い越さない程度にできるようにならないと難しいかもしれません。(上司によっては・・・)

たとえ、一度認められても刹那的で、またすぐに「まだまだ」になります。

お金をかせいでいるとかモテるとかもそうです。

最初は認められて褒められても、そのうち当たり前になるしなんらかの問題を見つけ出されてしまいますから、結局また承認欲求が強くなってしまうだけです。

「お前よりも俺のほうがすごいだろ!」

なーんてアピールをしてももっと上がいるのでエンドレスになってしまうだけだし、誰かの承認欲求を奪ってまで自分が満たされているので結果的に認められなくなります。

これはこれでいいかもしれません。

しかし、この承認欲求の満たし方をしようとするのならば・・・

・常にあらたな出会いを作るか?
・常に上をめざすか?

しか手はありません。

そうではなく、自分にはないスキル・結果・価値観などを認めるのです。

例えば、

「僕っていつも自分の言いたい事も言わず緊張して我慢をしています。こんな自分は弱いんですかね?」

みたいに言われても

「いやぁ、それって強くない?俺ならばそんな言いたいことも言えず緊張して我慢を続けられるほど強くはないですよ。2週間で自殺しちゃういますよ・・・(笑)」

というように言うことができるのです。(もちろん、この後にその我慢をする勇気を別のところに使ってみたらどうですか?という提案はしましたが・・・)

僕からすればとてもじゃないけど我慢できません。

しかし、彼は我慢ができる。

決して本人にとっていいとは言い難いですが、少なからず僕にはその我慢をするだけの精神力がないのは事実なので素直に認められるのです。

このように認める事はいくらでもできます。

そして、認められた事自体は嬉しいから認めてくれるのです。

「いや、自分の言いたい事を遠慮なく言えるのが本当にすごいと思います!」

みたいに。

でも、

「お前、我慢してたらあかんやろ!?」
「俺は言いたいことを言ってるだろ!だからお前もそうしろ!」

とか言ってたら、きっと彼は僕のことを認めてもくれないどころか、彼自身「我慢をする理由をわかってくれない」とまで思って結果的に何もたがいにいい方向には向かいません。

だからまずは認める。
みとめる癖をつける。

ただ自分にない素晴らしい部分を探し認めるを繰り返してみてください。慣れてくるとどんどん上手になっていくのを実感できるはずです。

そのうち「すごーい!」程度では満足できなくなりますよ(笑)

胡散臭すぎて(笑)

また、これを繰り返してやっていくともっとすごいことが起こります。

それが

自分の才能を発見する力にもなるのです。

自分の才能を発見

どういうことか?というと他人の自分の違いを認めていくことを繰り返していくと、どんどん相手もあなたの素晴らしいところを言葉にしてくれるようになります。

これって、他人とは違う自分の才能や能力。

である場合が多いです。

よく、他人と自分を比較しても意味がない・・・みたいなことを言ってる人がいますが、それは他人と自分とを比較してどっちが優れているのか?をみているからです。

そうではなく、他人と自分の違いを比較をするのです。

これができるようになるとどんどん自分の他人にはない特徴というのがわかってきて、自分の突出した能力というものが見えてくるのです。

他人の自分にはない素晴らしいところを見つけだす。

ことによって自分の素晴らしいところもどんどんわかってくるので是非、今日からでもいいのでやっていきましょう!もっと互いに求め合うのではなく認め合えればきっとあなたの人生は充実するはずです。

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